2009年6月25日木曜日

喘息と虐待

 小児喘息。私も以前にかかっていました。成長してから、改善しましたが・・・。

 でも、外来に来る虐待を受けている子供のほとんどが、喘息を持っています。少なくとも、喘息にかかったことがあるということなのです。

 精神的なストレスで喘息が悪化する傾向があるので、虐待を受けている子供たちが離間するのは当然かと思います。

 10年以上虐待を受けていた方がそもそも私の外来に来てくれるようになったきっかけも、喘息発作でした。

 虐待を受けている子供たちは、なかなか「虐待がある」とは訴えません。でも、体は訴えているんだなあと思います。

 もちろん、喘息がある⇒虐待がある、にはなりません。

 虐待がある⇒喘息がある、ということが多い、ということです、念のため。

2009年6月19日金曜日

書評「風花病棟」帚木蓬生著(新潮社) 

書評「風花病棟」帚木蓬生著(新潮社) 1500円(税別)

現役の精神科医が作家としても活躍する、ということはなにも珍しいことではありません。考えれば思いつく人が多いことでしょう。

著者もその中の一人かもしれません。

ただ、私が読んでみて感じたのは、構成のしっかりした短編を「物語」としての醍醐味を損ねずに供することができる人は著者ほどにはおらなかった、ということです。

10編ある「物語」がひとつもわが身に置き換えられない人はいないと思うのです。医者かそうでないかはべつにしても、です。

戦争、男女間暴力、癌、リタイア、などなど、さまざまな「味」を著者は出してくれます。

その中で私が一番気に入ったのは、「ショットグラス」と「藤籠」です。

「ショットグラス」では、男性からの暴力(社会的、身体的)なものに対して、女性はどう対抗するか、を考えさせてくれます。自分を大切にするとはどういう意味か、ということも、私は考えてしまいました。

「藤籠」では、前半部分は私自身医者になってから悩んだことですが、ラストの段落が衝撃的でした。もしも自分が同じ立場だったら、どれほど自分のなしたこと、ひいては、子どもにとって自分が親でよかったのか、ということも考えてしまうことでしょう。

そうです。この本は「考える」ということを、「味」として出してくれる稀有な本なのです。

2009年6月10日水曜日

DVの被害にあっている方とお会いするとき

  最近、DVの被害にあっている方とお会いすることが多いです。

 その際に思うのが、それまで自分が思っていたDV=加害者の夫から逃げる、という方法もいいのですが、その単純化が被害にあっている方本人にとってはつらくなることがあるかもしれない、ということです。

 どういうことかというと・・・。

 DVにあっているからといっても、加害者と被害者はつきつめると夫婦なのです。一度は、この後一生仲良くしよう、一緒に暮らして、幸せになろう、と約束しあった二人なのです。そうなると、二人の間には歴史もあるし(もちろん、DVの歴史ですが、暴力の間にはよい関係の時代もあったと当事者には思えてしまうのです)、子供もいるし、となります。

 そうなると、どうしてもすぐに離婚、夫から逃げる、という考え方にはなりにくいと思うのです。

 私は、そういう人たちには今後の人生、結婚生活を続けるかどうかを、DVの被害にあっている人本人に考えてもらうというスタンスをとっています。

 その方が、私もその方も楽だと思うからです。

 実際その方には、今後の生活のことを考えなくてはならないなどプレッシャーも多いのでその方にっては楽ではないかもしれませんが、自分の人生に向き合っていくことは、必要ではないでしょうか?

 今後の人生を考えるときに、苦しい症状やつらい症状(主に精神的なものですが)があると、考えにくいので、症状がマイルドになるお手伝いをするのが私、という役目をとらせてもらいます。

 そして、今後の人生を一緒に考えていけたらいいですね、というスタンスです。

 その方が、私には合っているスタンスのようです。

 立場が逆なら、私はそういう医者を選びたいですし・・・。

 実際にそうなれているかは、まだまだですが、今後の課題です。

2009年6月7日日曜日

子育てが間違っていた・・・というわけではないのですが

 前回の続きです。 

 20歳代になってから、発達障害かもしれないという診断となった場合、本人も大変でしょうけれども周囲も大変なのです。
 
 つまり、もう一度診断をはっきりさせるために、子どものころのことを親御さん世代に思い出してもらう必要があるからです。

 そうなると、記憶があいまいなのは当然ですが、「いまさらそんな、この人の育て方がダメだといわれたって・・・」というような反応になってしまうことが多いものです。

 そうなると、私から御本人を通じて外来にきて、検査(PARS;pervasive developmental disorder rating scales;広汎性発達障害評定尺度という聞き取りタイプのもの)をしたいのですが、と伝えてもなかなか外来に来てはいただけません。

 私としては、発達障害であれば、カウンセリングやグループセラピーがメインとなりますし、うつ病のみであれば、お薬がメインになってきますから、治療方針を決めるのに大事なことなのですが、自分の今までのことを責められてしまうのではないか、と怖がってしまう親御さん世代が多いようで、なかなかうまく進みません。

 どうやったらいいものかなあと、考えているのですが・・・。
 

2009年5月31日日曜日

発達障害とうつ

 私の外来に来てくれている方は大人も多いです。大人で、うつの人も多いのです。

 女医さん希望で来てくれる人もいます。女性に多いですが。

 その中で、発達障害の人たちがおられます。

 当然ですね。発達障害のある「子供」もいつしか、「大人」になるのです。しかも発達障害をもって。つまり、うつの人たちの中に、発達障害の人たちがかなりいるのです。

 驚かれるかもしれませんが、発達障害があってうつがある人たちはたいていが女性です。おそらくですが、以前から私が言っていることなのですが、発達障害のうち男の子で目立つタイプは、言語発達が遅いタイプなので(自閉症圏内と思しき人が多いです)、幼児期に発見できるのでしょう。ただ、言語が通常程度発達して、対人交流の困難さがあるタイプはおそらく女の子に多いのでしょう。
 だから逆に言うと、発達障害だと気づくのが遅くなってしまうのではないでしょうか?

 発達障害がある、と気づくことのないまま生活を送っていると、つらくなってきたり、生きづらくなってしまったりして、二次障害としてうつがおこるので、その結果、私の外来にくることになったのでしょう。

 この場合、いくらお薬を飲んでもらってもなかなか効果が出てすっきり症状改善!とはいかないのです。それが私にとっても、来てくれた方にとってもつらいところです。

 高校に入ってから周りとうまくいかなくなって、私の外来に受診してお母さんも初めて「発達障害」と聞いて納得はしたけど、うつもあって、なかなか外来に受診できずにいるという方もいます。
 
 かろうじて就労しているけれども、人と会うことや、組織の中で人と接するのが大変でつらい、という20歳代の人もいます。

 シングルマザーで、お子さんも自分も発達障害で、自分の常識が他の人と違うから、これは虐待なのかと日々悩んでいる人もいます。

 女の子の発達障害、そしてうつ。

 これをどうしたらうまく発見できるのか、発見後サポートできるのか。

 最近特に考えています。

2009年5月28日木曜日

発達障害?

 私自身が外来で、来てくれた人に伝えるときに思うのですが、いまさらながら、発達障害って、いったい何なのだろうか、ということです。

 突き詰めると、発達に障害がない、完璧に発達している人って、いるものなのでしょうか?

 そして、完璧に発達した人とは、どんな人なのでしょうか?一緒にいて楽しくなったり、もっと話をしたい、一緒にいたいと思える人なんでしょうか?

 このことは、逆説的でありながら、私にとっての真実だと思うのです。
 つまり、発達が完ぺきな人はおそらくいなくて、どんな人も発達という観点では、ばらつきがある。

 むしろ生きていくうえで大事なのは、人とどのくらい関われるか、どのくらい楽しく付き合えるか、どのくらい自分を人間関係で表現できるか、によると思うのです。

 だからこそ、発達障害と呼ばれる子どもたちは悩むし、私もそのことを言葉で伝えるのには、悩みます。

 先だって、とても驚いたことがありました。
 
 発達障害のある、パニックを起こしやすい小学生がずっと受診してくれているのですが、その人が担当の心理士の先生(心理療法を行っている)の名前をだして、「早く会いたいんだよね。もう(診察を)終わってもいい?(そして引き続いて心理療法なので)」と私に言ったのです。

 その人のことを私はずっと、(人とあまりかかわりたがらないタイプ)と勝手に思っていたので、とても意外でした。

 そして、心理士の先生のところへ喜び勇んで駆け寄ったのです。

 人とかかわることが、好きになったんだあ、とうれしくなりました。

 お母さんによると、友達というか一緒に行動できる人も増えてきたようです。

 発達が完ぺきである必要なんてなくて、自分がかかわっている人とどのくらいたのしめるか、だと思います。

 そして、発達障害を矯正するところではなくて、自分がかかわっている人と楽しめる生活ができる方法を伝えるという外来であると、伝えたいのです。

 
 

2009年5月15日金曜日

講演

 僭越ながら、昨日、講演会の講師になりました。

 「せん妄」についての講演会です。院内スタッフ向けのです。
 私は、子どもの精神科なんですけど、それでもいいのでしょうか?と、主催の外科の先生に伺うと「もちろんです」ということでしたが、あまりに自信がなくて。

 ネットや自分の持っている精神科の教科書で、調べに調べて、資料を作成して出向きました。

 私自身としては、せん妄の方であっても、子供であっても、スタンスはあまり変わらないですが、そこを伝えるべきかどうか悩みました。おそらく、講演会に来る病院のスタッフの方たちは、その疾患に特異的な対応方法を知りたいのだろうし・・・。

 ただ、最後は人間対人間だからと考えなおして、私のスタンスはお伝えしました。

 大したことじゃないです。

 ぐあいの悪い時には、論理的に思考できないので、論理ではなくて、その人の感情に伝える、つまり態度や様子を感情的に受け入れやすい内容にすることがだいじではないでしょうかという、その程度のことです。

 ただ、忙しいとわたしもついついとげとげしく対応してしまうので、まだまだですが・・・。

 どうしてそう思ったかというと、昨年の子宮外妊娠の時に自分の勤務する病院で手術・入院だったのですが、そのときにそのようにしてくれるスタッフの人が多くて、私がとても楽に過ごせたからです。

 そういう意味で、もうスタッフの皆さんは実践しておられるのですが、言葉としてご存じないかもと思ったので・・・。

 いずれにしても楽しい講演会だったので、ありがたかったです。スタッフの役に立てればなあと思います。