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2009年11月12日木曜日

発達障害な私


昨日は県内のY市の養護教諭会のお招きで、講演させていただきました。

講演は勉強になります。自分の知っていることを熱心に聞いてくれる人がいるのは、うれしくてありがたいですし、かつ自分が本当にどのくらいのことを知っているのかが自分に分かるからです。

今回の講演でつくづく感じたのは、私自身が発達障害だということでしょうか・・・。

厳密にどういう分類に入るのかよくわからないのですが、そうなのでしょう。

例えば、子どものころにスキップができませんでした。2歳くらいならいざ知らず、小学生になってもそうでした。これははっきりと「講座 子どもの心療科」という本に書かれている診断事項なので、私が発達障害なのは明らかでしょう。スキップができないために、運動会の練習で同級生にあざけられ、先生には叱られるというわけのわからない事態になっていきました。私は単に全然できないので、練習をしたのですが、たった一人でした。せめて、誰か学校の先生が一緒だったらどれほど支えられたかと思うのですが・・・。

そして、あまりにも運動能力が低い!!スキップもさることながら、自転車には小学校4年生まで乗れず、走るのも下手。速い、遅いの問題ではなくて、「下手」。走り方がおかしいという感じでした。縄跳びもできず、団体のタイプがダメ。必ず私で引っかかってしまい、大ブーイングを浴びてしまいます。球技も下手で、ほとんど私がいるだけで負けてしまい・・・。どれもわざとではないのに。

 そして感覚過敏があります。嗅覚過敏が主ですが、当時の家の二階で私が読書していても、階下の母がつくっている夕飯メニューが香りでわかってしまうものでした。これは、この先の見通しがついていいものでした。

そう、見通し。見通しがつかないところでは私は、不安になってしまい、攻撃的になったり、被害的になったり、忙しいのです。だから学校の授業は大変でした。耳で聴いて何かを理解できないのです。視覚化、つまりプリントでこの先どうなるのかが分かるとかなり安心して、課題に取り組めるのですが、そうでないとわけがわからず、混乱してしまい、固まるのです。小学校3年生での百マス計算で、先生が説明するのですが、全然理解できないのです。。意味が伝わらないのです。そして説明後、「さあ、やりましょう」といわれてしまい、頭が白くなって、固まっているとまったくできない・・・。

おそらく当時の先生たちは、発達障害なんて私に対して思ったこともなかったのでしょう。だから私に対してできないこと(脳の構造上かなりのハンディを持っていること)を強要したのだろうと思います。でも、こういう強要は、たとえ発達障害のない子供に対しても、しない方がいいと私は思います。強要されてしまうと、子どもはがっくりとくるように思えます。私の感覚でいうと、発達が伸びにくくなる感じであり、それでいいわけもないと私は思うからです。

強要した方が、大人はらくです。でも、そうじゃないのではないでしょうか。

発達障害を持つ子供への対応がずいぶん取りざたされるのですけれども、そういう子どもたちだけが対応が必要ってわけじゃないと私には思えます。

2009年9月25日金曜日

「どっちも嫌なんです」

 かれこれ彼女とは5年の付き合いです。お会いした時は高校生でした。

 彼女の最初の主治医は私ではありませんでした。その医師は彼女の激しい幻覚妄想状態と、死に近いのではとはらはらするようなリストカット(全身をリストカットするので、リストと言う単語が正しいかわかりませんが)、過食・嘔吐、解離状態、思考障害、全く常識的と言えない(とカルテにありました)ファッションをみて、「統合失調症」と診断したようです。

 彼女は障害年金を受給していて、その診断名も「統合失調症」です。

 でも私は彼女にお会いして、3,4年後から彼女の診断は発達障害ではないか、と感じていました。激しい幻覚妄想状態やリストカットは、状況になじめなくなった発達障害の人にも見られるし、解離状態も自分を守るために発達障害の人たちはよく講じる方法です。思考障害は認知的に偏りがあるという意味かもしれないし、ファッションは好みだし・・・(当初はゴスロリ、でした。最近はミニスカートをどこまで短くできるかに凝っているようです)。

 つい先日、この話を彼女としました。それでニキ・リンコさんの本を勧めました。

 先週は、リストカットがことに激しくて、ひさしぶりに全身でしたし、過食・嘔吐も一日10回やっていたそうでした。救急外来にも受診して、本人も家族も大変だったようです。

 そしてつい最近の受診でした。

 彼女「ニキ・リンコさんの本、読みました。当てはまり過ぎて。特に、いつトイレに行ったらいいのか分からないってところ。トイレに行きたいのはわかるけど、いつ行ったらいいのか、と言うあたりが・・・」。
 私「そうかあ。ところで、読んでみてあなたにとって、統合失調症と発達障害と、どっちの方がいわれて楽って、あるのかしら?」
 彼女「どっちも嫌なんです。嫌です」。

 それはそうだよなあと、はた、と思いました。どっちにしても彼女にとっては自分をコントロールできるようになる方法を即教えてくれるものではないからです。

 統合失調症も発達障害も医者が彼女の気持ちを聞いてつけたものではないし、いわば彼女の気持ちを度外視してかってに医者がくっつけた邪魔ものでしかない・・・。

 それでも、発達障害かと思っている、と言った私に、ニキ・リンコさんの本をわざわざ買って読んで「当てはまっている」と言ってくれた彼女は、すごいと改めて思いました。

 ちょっとぶっきらぼうでとっつきにくいといえば、そうなんですが、彼女は精一杯私がどうしてそう考えたのか、知ろうとしてくれたのです。

 うれしかったし、こういう気持ちを活かしたいなあと思えました。

2009年8月10日月曜日

読書会「私たち、発達障害と生きてます」

 8月9日は、すくーるばくで読書会でした。課題図書は「私たち、発達障害と生きてます」(高森明他著、ぶどう社)でした。

 ニキ・リンコさんの著作を読んでもよくわかるのですが、発達障害だと不便そうだなという感じです。人との交流において、よくわからないというのは、人間が社会を作っているという現実にあまりに即していないといえば、そうではないでしょうか?

 しかし、発達障害があるからといって、生きていけないわけではないのですし、社会のお荷物でもないのです。

 むしろ、私たちに新たな世界を提示してくれる人たちなのです。

 私たちが困るのは、その人たちとどんなふうにコミュニケーションをとったらいいかということなのですが、そのためにお互いを知り合いましょうというのが、この本の趣旨だと思います。

 現に、この本を読んで「そんなことを考えて生きているのか!」と驚く点と、「あ、私と同じだ」と思う点があります。

 つまり、私たちと彼らとの共通点もこの本は提示してくれています。

 ちなみに私が「あ、私と同じ!」と思ったのは、アハメッド敦子さんのポケットについてのこだわり部分です。私も全く同じで、バッグを買うのに一苦労したことがあるのです。それこそ出張の際に、出張をしに行ったのか、バッグを探しに行ったのか分からなくなるくらいでした。

 共通点探しも楽しいこの本です。

2009年6月7日日曜日

子育てが間違っていた・・・というわけではないのですが

 前回の続きです。 

 20歳代になってから、発達障害かもしれないという診断となった場合、本人も大変でしょうけれども周囲も大変なのです。
 
 つまり、もう一度診断をはっきりさせるために、子どものころのことを親御さん世代に思い出してもらう必要があるからです。

 そうなると、記憶があいまいなのは当然ですが、「いまさらそんな、この人の育て方がダメだといわれたって・・・」というような反応になってしまうことが多いものです。

 そうなると、私から御本人を通じて外来にきて、検査(PARS;pervasive developmental disorder rating scales;広汎性発達障害評定尺度という聞き取りタイプのもの)をしたいのですが、と伝えてもなかなか外来に来てはいただけません。

 私としては、発達障害であれば、カウンセリングやグループセラピーがメインとなりますし、うつ病のみであれば、お薬がメインになってきますから、治療方針を決めるのに大事なことなのですが、自分の今までのことを責められてしまうのではないか、と怖がってしまう親御さん世代が多いようで、なかなかうまく進みません。

 どうやったらいいものかなあと、考えているのですが・・・。
 

2009年4月17日金曜日

書評「ADHDの本」 司馬理英子著 


書評「ADHDの本」 司馬理英子著 主婦の友社 1300円(税別)

マンガが多くて、楽しめる本です。そこが気に入りました。そもそもこの本を読んだのは、外来で親御さんたちに勧められる本がないかな、と思ったためです。

発 達障害やADHDに関しては誤解が多いなと思ったのは、あるおかあさんから「発達障害やADHDって、薬を飲めば治るものではないんですか?!」と驚かれ てしまい、逆にこちらが驚いたことがあったので、私がたまに会って話していくほかに、手元に本があれば、必要な時に読めていいのではないかと思いました。

そこで、このタイプの本の出番だと、思うのです。

しかも発行元が、おかあさんたちに身近な出版社なので、手に取りやすいですし、専門書ではないので注文もしやすいです。

一 番いいのが、年代別に治療法が書かれていて、単に子ども時代だけではなくて、大人になった場合にも使える本です。とくに、大学生から就職するまでがかなり 必要な場合が多いので、この本はADHDのお子さんをもつお父さん、おかあさんたちが読んだほうが、今後を心配しないでいいのではないでしょうか。

私にとっても、説明しやすい点がたくさんあります。
目に見えるように説明することをさらに勧めやすくなったり、実年齢の2/3歳と思ってほしいなど、伝えるポイントが実際に書かれているのでとてもいい本です。

2009年2月1日日曜日

整理整頓!

 最近、整理整頓をしています。とはいっても、お恥ずかしいくらい整理整頓ができていない私ですが・・・。

 引き出しの中を整理するグッズや、本を入れるトレーなど、グッズはいろいろあるのですねえ。

 オットが今整理整頓の時期のようで、私もそれで影響されているのですが、なかなか彼のようにうまく行きません。
 
 思うに、発達障害の子どもたちと会っていても、男の子の方がシステマティックなもの、例えば整理整頓などが得意です。最近気が付いたのですが、女の子の発達障害の子どもたちは、発見が遅い分、発達障害で見られる症状を「自分のキャラクターだ」と思い込んでしまい、対人関係や日常生活で、気持ちやものを整理したり、ということが苦手なようです。

 私が女性のためでしょうか、発達障害の女の子・女性たちが外来に受診してくれています。彼女たちのつらさや日常をいつか発表したいなあと思う今日この頃です。

2008年12月16日火曜日

「私たち、発達障害と生きてます」


書評「私たち、発達障害と生きてます」 高森明、木下千紗子、南雲明彦、高橋今日子他著 ぶどう社 1700円(税別)

 発 達障害の当事者の人たちが、診断されるまで、診断される前後の困難、サバイバルなどについてその人なりの視点で書いた本です。

 特に興味をひかれたのは、アスペルガー症候群の当事者である高森明さんが、章の間で書いているコラムで「中途診断者の魅力的な側面」と題して書いている点です。

 中途診断者は、私の外 来にもたくさん来ますが、子どもの時から支援を受けているわけではないので、なかなか本人ご自身も、周りも受け入れがよくなくて、私は対応に苦労している 側面があるのですが、これを肯定的に受け止めている次の一文がとても気に入りました。

 「しかし、私は敢えて、早期に診断を受けた当事者とは別の意味で有意 義な人生だったと考えたい。その苦労と引き換えに、中途診断者は実体験を通してマニュアルにはない経験を蓄積していった。マニュアルにはない「生きるため の知や技」を身につけていった。おそらくだれよりも多くの試行錯誤を行わなければならなかっただろう。(中略)文字通り、社会を体全体で味わってきたと 言ってもいいかもしれない。この経験は一つの財産といってもよい」。

2008年12月12日金曜日

発達障害の人の「パニック」

 わりとすぐにパニックになってしまう発達障害の小学生が私の外来に来ています。昨日も来てくれました。

 男の子なんですが、彼の悩みは、学校でみんなと一緒に授業を受けたいのに、パニックがあるのでそうできないということです。

 彼のいいところはかなりの集中力。ただ、それがかなり集中してしまい(彼によると集中しすぎ)、読書をしていると、制限時間を告げる声が聞こえないくらいです。そうしているうちに、授業になってしまい、気がついたときにパニックになってしまうということなのだそうで・・・。

 私としては、そんなに頑張って学校になじまなくてもいいんじゃないかと思う面もあります。でも、彼の希望は学校でみんなと一緒にいたいということなのです。

 私が、これはつらいだろうと思うことは、学校になじめないことで彼の自己評価が低くなっていると思える点でした。

 私の意見だけど、という前提で次のような話はさせてもらいました。

 学校へはおそらくあと10年くらいいくだろうと思うけれども、そこになじむことに頑張りすぎて、あなたのいい集中力がある点などを押し殺すのは、どうなんだろうなあ、ということ、透明人間になれるようなレインコートとかあればいいけどなあという話でした。

 パニックの話の間中、彼は落ち着かない様子で、廊下と診察室を出たり入ったりしていました。最後には私の話を聞いてうつむいていたのでした。

 何かもうちょっと力になれればいいのですが。

 彼の診察は次回が、学校と3回目の話し合いです。解決策がでなくても、関係者と仲良くなれることもひとつの方法、と以前の上司が教えてくれたことを思い出しながら、向き合いたいのです。

 

2008年12月4日木曜日

箱庭療法の砂

 勤務先の精神科病院で、箱庭療法をやっています。

 それって、何?と言う方が多いので、http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AE%B1%E5%BA%AD%E7%99%82%E6%B3%95にアクセスしてみてください。写真もあって、とってもわかりやすいです。

 もっというと私がやるわけじゃないのです。臨床心理士の先生にお願いしています。


 ただ、けっこう面白いのが、発達障害のこどもたちは(特に男の子)その箱庭の砂を投げたり、ゴミ箱へ捨てたり、砂の感触を楽しんだりするのです。

 こういうふうに、感覚が多少過敏だったり、過敏すぎてつらいことがある人たちも、この砂は好きなんだなあと思うと、ほっとします。

 でも、心理士の先生たちに投げつけるのは、やめて欲しい・・・。もちろん彼らに悪気はなくて、心理士の先生たちも楽しんでいるのですが、箱庭療法直後の先生たちが髪が白くなっていると、私が驚いちゃって、ドキドキするから困るのです。

2008年11月28日金曜日

腸炎と肩こり・目の疲れ

藤家寛子さんやニキリンコさんの本で、彼女たちアスペルガー症候群の感覚障害について読んで、これは、私にもある!とびっくりしたことは、過日書いたとおりです。
 
 しかしまた、びっくりするような感覚障害というか、そういうことが起こったのでした。

 私は息子からどうも腸炎をうつされたようで、一昨日から吐き気とおなかのごろごろに苦しんでいました。そして、なぜか昨日から肩こりと目の疲れにも悩まされていました。

 肩こり、目の疲れは私の人生の長い友人みたいなもので、今に始まったわけではないけれども、昨日は特にひどかったのです。

 私の場合、腸炎は疲労が重なるとひどくなります。(蛇足ですが、ここも、すでに「あれ?」と私には思えます。だって腸炎はウィルス感染だから疲労とそう関係あるとも思えないので・・・。確かに抵抗力という意味はあるかもしれないですが)。

 それで、昨日は職場で昼休みに、あいている外来のベッドで寝かせてもらいました。

 すると、吐き気やおなかのごろごろはほとんどよくなって、同時に、肩こりと、目の疲れも良くなったのです!

 これって、皆さんがあることでしょうか?ないんでしょうね・・・。同僚に聞いたら「そんなん、ありか?」と言われましたし・・・(口の悪い同僚なので仕方ないですが)。

 というわけで、今後も藤家寛子さんやニキリンコさんの本から、私だけじゃない!という安ど感を頂けそうです。よかった・・・。

2008年8月29日金曜日

アスペルガー症候群の少年たち

 今、「発達障害とメディア」(野沢和弘著、現代人文社)を読んでいます。まだ途中なんですが、私の思っていた以上に発達障害の人たちが、「犯罪につながる」と思われているのだろうか、と暗澹たる気持ちになりました。

 私の外来に来てくれている、アスペルガー症候群(と私が診断した)の少年のお話を思い出したから、余計に暗い気持ちになったろうと思うのですが・・・。彼らは、本当に繊細で、かわいい(といったら失礼かな?私のようなおばさんが言うから大丈夫と思うのですが)ところがたくさんある人たちです。

 Aくん。中学生です。お父さんとお母さんがホワイトカラーの仕事をされていて、お二人から「何とか診断名を伝えてほしい。自分自身の問題と向き合って、今後に生かしてほしい」と、かねてから依頼がありました。
 私としては、いずれそんな日が来るだろうけれども、今からそんな・・・と、はっきりと言葉にできないのですが、解せない気持ちが募っていました。
 Aくんにいよいよ診断名を伝えないと、というその日の外来でした。
私「Aくん、なんでここの外来にきてるか、その理由、知りたい?知りたかったら、話すけど」
 私も及び腰ですね・・・。
Aくん「いや、いい。知りたくない。聞きたくない」
私「そっか」
Aくんは下を向いてしまいました。彼の話をまとめると(話が飛んでいくことが多いので)、自分はここにきて薬を飲んでいるし、だから何か具合が悪いんだろうとわかっている。でも今の状況で友達もいるし、学校はたのしい。今のままの状況が続くのなら、自分がどうしてここへ来ているのかどうか、知らなくてもいい。知りたくなんてない、そういうことでした。

 繊細って、こういうことをいうのかしら・・・、と私はなんだかせつなくなるような、Aくんが可愛いなあと思えたというか・・・。

 確かに彼のいう通りです。知らなくても、毎日が楽しいし、知ったからといってアスペルガー症候群がよくなるわけではない。薬を飲んでいることで、結構うまくやれているし、いいんじゃないかと私も思いました。

 お父さんとお母さんには、いずれAくんが知りたくなった時に伝えたいし、それまでAくんが私に信頼というか、安心を覚えられるくらいになっておこうと私は思う、そう伝えました。お二方とも、よくわかってくれました。

 Bくん。アスペルガーと診断されて、2年目です。中学生です。感情表現が下手ですが、気のいい彼は学校で、その気の良さにつけこまれてしまいがちで、不登校をしています。

 ある日の外来で、なんだかやけに今日は、気持盛り上がってるなあと思いました。
私「なんかさあ、今日、気持盛り上がってない?」
Bくん「えー?そんなことないっすよ」
私「なんかいいことあったの?好きな子とどっか一緒に行けたとか」
Bくん「いやー、そんなこと、ないないないないない!!!」
真っ赤になって、照れるBくん。かわいいなあ。

 後でお母さんに聞いたところ、その日はBくんの大好きなお兄さんが久しぶりに帰省する日だったそうです。彼にとっては、すごくうれしいことなのですが、どうもお兄さんが返ってくるのを喜ぶのは彼の美意識にとっては、どうかと彼は思ったらしく、話してくれなかったようです。

 アスペルガー症候群と診断された彼らと一緒の診察室にいて、一度も私は危険だと思ったこともないですし、危険な目にあわされたこともないです。むしろ、こんなにかわいいところを見せてもらっていいのかしら・・・というくらい、彼らは素敵な人たちです。

 どうかこのまま彼らが、いやな気持になったり、自暴自棄になったりせずに暮らしていけますように。わたしはいつもそう思っているのですが・・・。

 皆さんにもそう思ってほしいのですが、どうしたらいいかなと思い、こうしてブログにしたためました。

 ちなみに、Aくん、Bくんとも、彼らのことをどこかで誰かにお話しするということについては、了解もらっています。ただ、個人が特定されないように、配慮しています。