薬の診察室 (朝日新聞家庭欄に2001年4月より連載) 医薬ビジランスセンター
浜 六郎
言葉を失うような不幸な事件が大阪で起きた。
小学校の児童殺傷事件。今回は、この事件で話題になっている精神安定剤について考えてみたい。
事件直前の精神安定剤服用は否定されたようなので、事件への薬の影響を云々(うんぬん)できる段階ではない。ただ、精神安定剤は、本当に必要な人だけでなく、非常に乱用されている薬である。
病院にかかっている人のほぼ3分の1は、なんらかの精神安定剤を使っている。
例えば睡眠薬はすべてこの仲間だ。精神安定剤のために、かえって精神が不安定になっている人も本当に多いのだ。
精神安定剤には、精神分裂病に使う系統=神経遮断剤と、不安や強迫感などを主体とする神経症(ノイローゼ)に使う系統=抗不安剤がある。
前者は以前、メジャートランキライザー(強力安定剤)と呼ばれたように、文字通り効果も副作用も強力。
一方、後者は、マイナートランキライザー(緩和安定剤)と呼ばれたが、では「軽い」「やさしい」だけかと言うとそうではない。非常に早く効く強力な睡眠剤もこの系統の中にあり、名前に似合わず、その害は重く大きい。
例えば、10年ほど前にも問題になったトリアゾラム(商品名ハルシオンなど)。飲み始めは素早く眠れ、目覚めもよいためやみつきになりやすい。高価格で裏取引もされている。
だが3時間ほどしか効かないから夜中に目覚め、かえって眠れなくなる。常用すると効く時間は短くなり、必要量が増し、依存症になりやすい。昼間も判断力や記憶力が落ちて、イライラや不安が募り、興奮しやすくなる。高齢者は痴ほう症状が現れることもある。
依存症になって、急にやめると、禁断症状として痙攣(けいれん)や幻覚まで生じる。アルコールとそっくりだ。
深酒で本当に記憶がなくなることがあるように、この系統の睡眠剤を飲むと、途中目覚めた時など、一見ふつうに行動しているのに、本人はしたことを全く記憶していないことがある。「前向き健忘」現象だ。
米国では、依存症になった人による射殺事件も起きた。
英国やオランダではすでに禁止したが、日本では依然ごくごく一般的な薬だ。
安定を求める薬が社会の安定を脅かす、そんな「薬害」に早く気づいてほしい。
(以下、psycho)
外来に受診している人たちの中で、最近明らかにある特定のマイナートランキラーザーを処方するのはまずい、という状況に久しぶりになりました。
他の病院から私の外来を紹介されてきてくれている10代の女性なのですが、ある特定のマイナートランキライザー(仮にHとします)があれば、安心するし、パニック発作も起きないという人でした。別の症状もあって、ずっと県内のあらゆる精神科病院に受診した人です。それで、新しい薬は絶対に嫌で、H出なくては駄目、と言っていたのでした。
自分が間違っていたらいいなと思うのですが、これは、もしかしたらHという薬の依存症ではないのだろうかと思うのです。
その薬がないと、安心して暮らすことができず、だんだんと飲む回数が増えている(一日で)ということです。さらに、私はそのHという薬を頓服でしか処方していないので、それでは足りないと言って、もっと出してほしい、と話してくれているのです。
余計なお世話だろうなと思いつつ、依存症になってしまったらお互い辛すぎるので、依存症になる可能性があってと話してみました。
「そういう依存症になる可能性があるのだから、私はこの薬を出すのが怖いし、出したくないんですが」私がそういうと、その人は依存症の人が必ず言ってくれる言葉を出しました。
「私は、そんなことにはなりません」。
いったい何回くらいその言葉を聞いたでしょう。その言葉を信じて、何回くらい薬を処方して、依存症の病をさらに深くして私は後悔したでしょう。
私はため息をついて言いました。
「その言葉を信じたいけれども…。そうはならない人ばかりで、・・・。私もつらいところで・・・」
かなり歯切れが悪かったのですが、仕方ないとしか言い訳が思いつきませんでした。
その人はその時は別な薬を飲んでみると言って外来から去りました。次の予約の時にどうなるんでしょうか。今も不安です。
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