記事:共同通信社 提供:共同通信社 【2008年7月17日】
被爆体験をたどり広島を旅した男性に、突然よみがえる記憶の断片。何時間も動けず、涙があふれる-。被爆者の「心の傷」と向き合う精神科医中沢正夫(なかざわ・まさお)さん(71)は「こんなにひどくなるものかと思った。心的外傷としての被爆体験はすさまじく、大きい」と語る。
知っているようで説明できない傷を「誰でも分かる言葉に置き換えて、世の中の人に理解してもらいたい」。丹念に被爆体験を聞き、「ヒバクシャの心の傷を追って」を書き上げた。
約30年前、東京の代々木病院に赴任、被爆者と接する転機になった。被爆者医療の中心施設で、病院で開かれる研究会にも熱心に参加した。
数年たって被爆者の精神障害の症例をまとめようとした矢先、先行論文がほとんどないことに気付き、がくぜんとした。「なぜ日本の精神科医は、こんなにも被爆者への関心や興味を持たなかったのか」。心の傷に取り組むきっかけになった。
つぶれた家の下敷きになった母を「見捨てて」逃げた体験、託された幼い姉妹を助けられなかった苦悩、家族と識別できない遺体を焼き、涙も出なかった記憶?。
未曾有の惨状は人間らしい感覚をまひさせ、目にしたはずの記憶にふたをしていた。震災や事件の心的外傷後ストレス障害(PTSD)と似た症状の発現は予測できたが際立った違いがあった。
被爆者には放射線障害の恐怖が付きまとう。「知人の死や自身の発病で"あの日"に引き戻され、今も大きな『余震』が続いている」。心の傷はむしろ深くなる。原爆が持つ悪魔性だ。
被爆後63年たっても思い出すのがつらく、語れないでいる被爆者は全体の半数程度とされる。ただ、高齢化とともに意識の変化も見え始めた。
「何のために自分が生き残ったのかという思いが強くなっている。少しずつ話し、語り部になったり、(平和)活動に参加したりすることが傷を癒やすことにもなる」
核兵器が二度と使われないよう、被爆者には語ってほしい。「そのためには、話をじっくり受け止める機会をつくらなければいけない。最初はすべてがありのままでなくてもいいから、受け入れて聞くことです」 |
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