2008年8月21日木曜日

大野病院事件

m3.com

 やはり、この事件に今日はふれたほうが、と思います。

 4年前の福島県立大野病院産婦人科での医療事故の判決が昨日、下されました。詳細は、上記のサイトに譲りますが、psychoとしては、なんとも、辛い事件だったと思えます。

 4年かかったといいますが、まだ終わっていないとも思えます。

 被告の医師にも原告の遺族の方にも、何が残ったのでしょう。私にはよくわからないのです。この事件がまるで医療崩壊の発端になったような、そんな描かれ方もあるようですが、私はそうではないと思っています。

 医療の側も今まで、個人の医師に対してその志だけで頑張ってもらうような状況だったと思います。そうでなければ、psychoが経験したように、地方の病院で36時間ぶっつづけで勤務するような事態はないわけです。だから、この事件は個人の医師に対して、深くしこりを残したのだろうと思います。システムとして、医師も勤務する状況であれば、もうすこし、被告の医師は感情面で楽だったのではないか、と思います。

 患者さんの側は、ただ、医療で何が起こっているのかそれを知りたかったけれども、少なくともわかるような説明を得られなかったので、裁判という事態に至ったのだろうと思います。
 そういう意味では、よく言われているような第三者機関が介在して今回のような事態を一緒に解決していく方向は、ベターなのかと思います。

 医者も人間であるから、ミスはします。他の医者のことはわかりませんが、psychoもミスをします。そして、これまでもしました。
 これまでのミスは、ミスが起こったことは直接患者さん本人に伝えます。あまりに当たり前のことを言って恥ずかしいのですが、当然自分のミスですから謝ります。それですべてが解決したわけではありませんが、お互いに感情的な負担は減ったと思います。

 大野病院事件で、事故の直後に何が起こったのか、医者、患者さん双方がその事態をどのように受け止めたのか、その詳細は知ることは難しいにしても、そこが大事なのかなと思います。

 大野病院事件で、事故直後に謝罪がなかった、と言いたいわけではありません。その時、何が起こったのか、よりも、なにを双方が感じたのかが、大事なのではないかと言いたいのです。

 私は、この事件では、日本の医療の何かが変わったと思います。いい変化にしていけるかどうかは、この後の私たち、医者であり、患者さんである私たちの行動にかかっていると思います。第三者機関を導入したり、ミスをしないようにノウハウを積み重ねたり、とあると思います。

 ただ、過去のことを振り返るのは想像以上につらい作業です。そのことは、この事件にかかわった方たちが本当によくやったなあと思います。
 

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